大井沢の古刹を受け継ぐ

大井沢に鎮座する旧大日寺跡湯殿山神社(以降、湯殿山神社)は、かつて出羽三山の一角を担った名刹・金色山大日寺の流れをくむ古社です。江戸期には日本七大霊場の一つに数えられ、笠の波が続くほどの参拝者でにぎわったと伝承されています。いまも火渡り神事や風習が息づき、宮司・志田菊宏さんの手仕事と祈りが、山とともにある暮らしを静かに支えています。

湯殿山神社は、明治初頭まで出羽三山湯殿山派の別当寺四ヶ寺の一つ「金色山大日寺」として、湯殿山の管理と運営を他の三寺と共に担っていました。江戸時代の最盛期には「日本七大霊場」の一つに数えられ、多くの行者や参拝者が山道を歩いたといいます。その行列は「湯殿まで笠の波打つ大井沢」と詠まれるほど壮観で、当時の伽藍は六軒七坊、そして大井沢地域には二十六坊もの宿坊があり、参拝者を受け入れていたと伝わっています。当時の面影が薄れた現在も、湯殿山がこの地の信仰と文化の中心であった記憶は、地域の歴史や風景の中に静かに息づいています。

現在、湯殿山神社を預かる志田菊宏さんは、世襲ではなく地域からの要請に応じ、1996年に宮司に就任しました。「昔はあまりやりたくなかった」と笑う菊宏さんですが、以来30年にわたり神社の祭事と境内の管理を担ってきました。日々の務めは朝拝、境内の清掃、祝詞の奏上など。正月や例祭前日には護摩祈祷も行い、使用する護摩木は自ら木を割り、乾燥させたものを用います。木地玩具職人として「菊麿呂こけし」づくりを継承する手仕事の精神が、神事の一つひとつにも息づいています。清掃を最も大切にしているという菊宏さんは「境内を整え、清らかに保つことが地域への信頼にもつながる」と語ります。その姿勢は、確かな祈りの力となり、人々の生活や心を静かに支えています。
山とともに生きる心

毎年9月第2日曜日の秋の例大祭「火渡り神事」は、37年前に始まりました。燃え盛る火の上を素足で渡る「火生三昧」と呼ばれる儀式は、穢れを祓い、心の迷いを払い、大いなる力を授かるとされ、今では約400人が訪れる行事となりました。湯殿山神社の祭事や日常は、単に建物や儀式だけで成り立っているわけではありません。その根底には、この地の豊かな山々や自然との深い結びつきがあります。木地玩具職人としても山とともに生きてきた菊宏さんは、「山は恵みを与えてくれる存在であると同時に、畏敬の対象でもあります。山菜やきのこを自ら採り、命をいただく暮らしの中で、自然への感謝と緊張感は常に隣り合わせです」と語ります。こうした自然との共生があるからこそ、湯殿山神社は大井沢の人々にとって、山と向き合い心静かに祈ることのできる、まさに心の拠り所となっています。
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